残業ゼロと言えばずいぶん困難に聞こえても、ダラダラ仕事をするのは止め
ましょう、と言えばたいていの人は賛成せざるをえないと思います。
誰かと会う約束があるような場合、「出発まであと1時間」というような制
限下で通常の何倍もの効率を発揮できた体験は、多くの人が共有しているので
はないでしょうか。
吉越浩一郎氏は、残業をゼロにせよ、という論を先頭に立って実践してこら
れた方です。吉越氏は、1992年から下着メーカー「トリンプ」の社長として同
社を立て直し、19年間連続増収増益に導きました。
《どうして日本の会社はこうも残業が多いのか。その原因は、一にも二にも
「ホワイトカラーの生産性が低い」ということに尽きると私は思う。》
(『デッドライン仕事術』祥伝社新書)
実際の統計を見ても、日本のメーカー(製造業)の生産性は未だに世界平均
よりずっと上ですが、非製造業はそうではありません。
《では、どうしてブルーカラーにできることがホワイトカラーにはできないの
か。それは、ホワイトカラーと違って、工場の仕事は「効率の良し悪し」が誰
の目にも明確に見えるからだ。》(同書)
日本の小売業やサービス業は、1998年から下り坂に入っています。さらに、
日本の内閣府が今年8月13日に発表した速報によれば、日本の実質GDPは年
率で2.4%(名目GDPは2.7%)も下がっており、景気の牽引役を果たす輸出
も13四半期(3年3カ月)ぶりに減少に転じましたから、優等生の製造業も大
変な時期に来ている(残業を増やして対応するのは限界に達しており、効率を
高める方向性しかない)と言えます。
例えばタクシー業界は昨今、ワーキングプアの代名詞のように報道されがち
です。しかし、以下のような実例はもっと共有されていいと思います。
《私が車道の脇でタクシーを拾おうと待っていたところ、反対側の車線をこち
らに向かってきたタクシーの運転手と目が合った。〔中略〕
私は、その運転手が目で「逆方向ですか?」と聞いたように感じたので、
「そうそう」と言うように頷いていた。目は口ほどに物を言うというが、ほん
の一瞬のうちに、反対側の車線にいる客の視線をとらえて、それだけのコミュ
ニケーションを取るというのは、そう簡単なことではないだろう。
そのタクシーがUターンしてこちらに来るまでに、こちら側の車線を空車が
何台か通り過ぎたが、そうなると、ほかのタクシーに乗るわけにはいかない。
ほとんど有無を言わせない感じで、私はその運転手の客にされてしまったわけ
だ。
「運転手さんは、いつも成績がいいでしょう?」
タクシーに乗り込んだ私がそう訊ねると、彼はやや照れ臭そうに「まあ、営
業所ではいつも一番、悪くても二番ですね」と答えた。》(同書)
反対側の車線から「Uターンしますか?」と客に視線だけで問いかけるよう
な暗黙知は、なかなかマニュアル化できるものではありません。しかし、そう
いうことの積み重ねが収益に大きく反映されてくることは、誰もがうすうす気
づいていることだろうと思えます。
日本の商業的中心地と言える銀座では、国交省(バブル当時は運輸省)と近
セン(東京タクシーセンター、旧東京タクシー近代化センター)の指導により、
今でも夜10時以降は道端で空車のタクシーを呼び止めることができません。銀
座の路上には数百台もの空車が溢れているにもかかわらず、です。
バブル期には、一部の客が万札をヒラヒラさせながらタクシーを止めるとか、
運転手も客に行き先を聞いて「横浜」なら乗せるが「渋谷」なら拒否するとい
うようなトラブルが起きたことがある、というのが“理由”です。
今はそういう時代ではありませんし、そもそも一部のトラブルに対処するた
めに全体の利便性を犠牲にする発想は間違っています。
いつまでもそういう無駄なことをやっていなさい。
ただし、売り上げが落ちてきたのは政治のせいだと言って補助金(!)をぶ
んどってくるような真似も、ただちに止めなさいね。
(「ガッキィファイター」2008年8月16日号)